楽観的でいることは問題解決にならない

池田信夫氏が「経済危機は資本主義の強さを証明した」で引用しているNewsweekThe Secrets of Stabilityという記事が気になった。なぜここまで楽観的になれるのかな、と。

時間はさかのぼって2007年4月。ロイターがこんな記事を配信していた。Subprime mortgage market woes seen well contained (サブプライムモーゲージ不安は収束した模様) 青地強調は自分によるもの。

Mortgage Bankers Associationによれば、2006年第4四半期の米国住宅ローンにおけるサブプライムの比率は13.7%であり、その中で返済が滞っている割合は13.3%に過ぎない


Roth Capital PartnersのエコノミストDonald Straszheimは「サブプライム市場は全米の信用市場からすればニキビみたいなものだ」と語る。


University of Central FloridaのエコノミストSean Snaithは「サブプライムのデフォルト上昇が消費低迷につながるという学説は容認できない」と指摘する。同氏はさらに「これは住宅ブームの一連の現象の一部であり、経済全体からすれば小さなものである。通貨危機などと異なり、経済全体に波及するようなことはない」と断言する。


一方で、一部の人達はサブプライム問題が経済全体に広がる恐れがあるので政府の対応が必要だと主張している。サブプライム借手のフォアクロージャ(抵当流れ)を半年間猶予するよう、市民団体達が嘆願した翌週、ワシントンの民主党議員達はサブプライムローン借手達に対する救済策を議論し始めた。Charles Schumer上院議員は「連邦政府は借手救済のために資金を供給する用意がある。その額はおそらく数億ドルだろう。」と述べた。


楽観シナリオ


だが、このような救済はおそらく不要だろう。Lord AbbettのエコノミストMilton Ezrati氏は「サブプライム問題が引き起こすドミノ理論を唱えるのは簡単だ。そういうリスクは有るかもしれないが、現実になるとは思わない」と語る。



住宅に対する需要が低迷し、既に多くの物件が売りに出ている中で、貸手達が急いでフォアクロージャに走るとは思えない。Comerica BankエコノミストのDana Johnsonは「フォアクロージャを回避したいのは貸手・借手共通の思い」と指摘している。昨年の住宅ローンの40%がサブプライムであり、金利は上昇する一方で住宅価格が下落している現状を鑑みると、多くのサブプライム借手がフォアクロージャに追い込まれる可能性はある。だが、米国が抱える住宅ローン9兆ドルからすればサブプライムはごく一部の問題である。しかも、5兆ドルの住宅ローンは証券化されている


National City BankのエコノミストRichard DeKaser氏: 「サブプライム業界に限っていえば、痛ましい状態かもしれない。だが、住宅市場や米国経済全体を考えると、サブプライム問題は大げさに語られすぎているだろう。」


カリフォルニアWoodsideのFisher Investments*1のKen Fisher氏 「米国の13兆ドルという経済から見れば、サブプライムはただの『消化不良』にすぎない。せいぜい成長の減速をもたらすだけで、景気後退にはつながらないだろう。」


UCLA Anderson ForecastのエコノミストRyan Ratcliff氏は、サブプライム借手の問題は力強い雇用で緩和されると指摘する。「大規模な失業がない限り、フォアクロージャの急激な増加はあり得ない。」


米国経済は過去5ヶ月のうち4ヶ月は15万以上の雇用を生み出しており、3月の失業率は5ヶ月間で最低を記録している。アナリスト達は債券利回りの上昇を景気の力強さの証だと指摘している。


Comerica BankエコノミストのDana Johnson: 「市場心理が最も敏感に現れる株式市場は落ち着きを取り戻している。」 米国株式市場は3月上旬に四ヶ月ぶりの安値を記録したが、過去三週間で反発している。これはFedのBen Bernanke議長による「サブプライム問題は収束した」という証言の結果であろう。


AIM InvestmentsのFritz Mayer氏:「Bernanke議長がサブプライム問題をうわべだけ否定するとは思えない。」

以下の事実は覚えておきたい。

  • 2007年春の時点では、サブプライム問題が全米の経済を混乱に追い込むと思う人は少数だった。
  • 当時サブプライムローンは全体の14%以下。返済が滞っていたのは、その中の13%のみ。
  • サブプライム借手救済には、数億ドルあれば足りると見積もられていた。
  • Ben Bernankeは「サブプライム問題は収束した」と議会で証言していた。
  • 実際、当時の経済は好調だった。失業率は低く、毎月雇用も生まれていた。
  • だが、サブプライム等を含む金融商品レバレッジをかけて張っていた投資家達が一気に昇天。
  • 問題は「サブプライム」ではなく、「過剰流動性」「高いレバレッジ」にあったわけだ。
  • そして数億ドルと見積もられていた救済額は二桁足らなかった。

で、今の米国住宅市場はどうなっているかというと... 11月18日MBA Press Release

  • 延滞している住宅ローンの割合は9.64%(季節調整値)
  • Foreclosure段階の住宅ローン割合は4.47%
  • 延滞+Foreclosure比率は全体で14%強

→2007年のサブプライムは「全体の14%の13%が延滞」だったが、今は「全体の10%弱」が延滞。状況は遥かに悪い。そして、その状況はさらに悪くなる、という分析がある。Mr. MortgageことMark Hansonの12月6日付Blogより。

  • 2000年以前のプライムローンは、返済額が収入の28%を越えることはなかった。住宅ローン以外の負債をあわせても、36%が上限。DTI(Debt to Income) 28/36がかつての制限。
  • が、2002年あたりからタガが緩む。プライムでDTI 50%が許されるようになった。収入の半分をローン返済に回す、ってこと。
  • プライム以外のローン、非Fannie/Freddieだともっとすごいことになっていた。DTI 55%とか、そもそも収入をチェックしないとか。
  • そしてFannie/Freddieの基準もさらに緩くなる。もはやDTIは優先度の高い基準ではなくなり、クレジットスコアやLTV(Loan To Value)等が良ければ自動的にローンが通るようになっていった。
  • こうして、あらゆる住宅ローンは大きなリスクを抱えてしまった。2007年のサブプライムはその「序章」だったわけだ。

で、Mark Hansonはローン種別でのリスク分析をしている。

  • 現存する住宅ローンの75%は2003-2007の信用バブル期間に新規締結ないしは借換された。
  • うち、80%は借換およびHELOC→家を買った層の4倍が、バブル下での借換・HELOCでの借入をしていることに注意。
  • この2003-2007の間はあらゆるローンの審査が甘かったため、相当数の借手が「無謀なローン」を組んでいると推定。
  • こちらの表にローン種別での件数が整理されている。Mark HansonDTI 50%を越える件数が少なく見積もっても3割と読んでおり、この層は「頭金20%を積んでいようが、クレジットスコアが良かろうが」数年以内に延滞・デフォルト・フォアクロージャに追い込まれると推定。
  • その数、総計2000万世帯...
  • MBA 11月のレポートは800万件。
  • まだ1200万件出てくる、ということ。ただし、サブプライムと比べると「もっと時間がかかる崩壊」となるらしい。

主役交代、で片付くのだろうか?

  • ニキビ程度と思われていたサブプライム問題ですら、全世界の経済を瀬戸際に追い込むきっかけとなった。
  • これから本格化するプライムローンの危機にどうやって対処するのだろう?
  • さらなる流動性追加?
  • でも実需のないところへの過剰な流動性供給って、Bill Gross氏が恐れる「black hole imploding destructiveness」(爆縮的崩壊)に繋がらない?
  • 冒頭紹介したThe Secrets of Stabilityではインドや中国が元気だから大丈夫みたいなことが書かれているけどさ...
  • サブプライムだって「小さな穴からのSpill Over」だったわけよ。
  • 資本主義の強み? 中銀が金刷りまくってかろうじて維持される状態って強みなの?
  • いずれにしても...最近強い「楽観主義」ってのは、2007年春の雰囲気と似ているなぁ、と。
  • Risk is high...

*1:訳注 うちの仕事場の隣のビルにいっぱいいる