電子書籍は儲かるんかいな?

オンライン書籍販売の事業とシステムに結構深く関っていたので、競合Amazonについては結構詳しいつもりだったが、ここしばらく10-Kをじっくり眺めていないことを思い出した。世の中はいつの間にか「電子書籍で全部ハッピー」みたいなことを主張する人が雨後の筍みたいに出現しているし。ということで、ここらでちょっと「それって甘いかもよ?」という指摘をしておく。

参考にしたのは2009年度のAmazon.com 10-K。例えばBloombergなどから無料で入手可能。

まず抑えておきたいのがAmazonの規模。

→この純利益9億ドルというのを気に留めておいてね。

次に、Amazonの組織構造と売上。InternationalとNorth Americaで大きく分かれている。売上はそれぞれ

  • North America...$12,828M
  • International...$11,681M

→North Americaが半分強を占めている。このNorth America/Internationalそれぞれに以下の部門がぶら下がる。

  • Media部門...本/CD/DVDを売っている。いわゆるAmazonの本流。
  • 家電部門...電気製品などを売っている部門。
  • その他...クラウドで知られるAmazon Web Serviceはここ。

次に、粗利率(Gross Margin)。

  • North America...25.6%
  • International...19.2%
  • 平均...22.6%

→本屋さんとしてみればまあそんなものかな、とも見える。だいたい粗利率20%の商売なのです。

売上に占める営業費用(Operating Expense)は

  • Fulfillment(物流)...8.4%
  • Marketing(企画宣伝)...2.8%
  • Technology & Contents(システム)...5.1%
  • General and administration(一般管理)...1.3%
  • 合計...17.6%

→粗利率とあわせて考えると、かなりカツカツ。

で、10-Kの粗利率記述の注意書きにこんな一文がある。

Sales of products by marketplace sellers on our websites represented 30%, 28%, and 28% of unit sales in 2009, 2008, and 2007. Since revenues from these sales are recorded as a net amount, they generally result in lower revenues but higher gross margin per unit.

  • 売上点数(価格ではない)の30%は、Amazon Marketplaceより。
  • Amazon MarketplaceはeBayが買ったHalf.comみたいなもの。日本風にいうと、楽天がやってる事業。
  • AmazonはMarketplaceからの売上の一部を「テラ銭」として巻き上げる。
  • 従ってAmazon 10-Kのこの一文にあるように「売上は小さいが、粗利は高い」事業となる。

Marketplaceの説明にもあるが、Amazonは「売上の6〜15%のコミッション+一件あたり$0.99の手数料」を巻き上げていく。この構造だとAmazonに入ってくるコミッションは、ほぼ丸々粗利となることに注意ししたい。

残念ながら、AmazonはMarketplaceでの平均売上単価を公表していない。「Amazon全体での売上件数の30%はMarketplace」ということしかわからない。そこで売られているのは$1の中古CDかもしれないし、SIM Lock外して価格をつり上げたiPhone 4かもしれない。

また平均コミッション率も公開された資料からは判断できない。小規模な売り手は高めの手数料(15%)を取られ、大口は低めの手数料であることは確実である。売り手規模がロングテール分布だとすると、平均で13%というところか。($0.99の手数料もふくめて、やや厳しくみてます)

非常に乱暴だが、Marketplaceでの売上はAmazon総売上$24,509Mの30%とし、その13%がAmazonへのテラ銭として入ってくると仮定しよう。(かなり保守的な見方です) ざっと$955.9Mの収入であり、Marketplaceの性質上、ほぼそのまま粗利となる。そして、MarketplaceではFulfillmentとMarketing費用はかからない。システムと一般管理の6.4%がかかるだけ。すなわち、Marketplaceが出す当期利益は

24,509 * 0.3 * 0.13 * 0.936 = $894.7M

冒頭に書いたAmazon全体の当期利益が$902Mだから、Marketplace単独で全体の営業利益を捻出している、といってよいだろう。繰り返すがこれはMarketplaceでの売上を保守的に見積もっての数字、だ。

ということは、Amazonは他の事業ではほとんど利益を出していないか、赤字なのではないかと思われる。電子書籍は物流の8.4%が浮く一方で、最初から値段を下げて売っているから、紙版同様に赤字か、非常に薄い利益ではなかろうか。

まあAmazonも好きでこんな商売をしているわけでもなかろう。

  • Marketplaceという栄養補給源を確保する一方で、他の事業は客寄せ兼競合への圧力として安値路線を維持。
  • 競合は安定収入源がない限り、安売り競争に巻き込まれて滅ぶしかない。
  • あるいは競合が合理化を進め、物流や決済をAmazonに任せてしまうのを待つ。Buy.comはこの典型。これはMarketplaceの強化につながる。

と、にわかアナリストもどきの記事でした。まとめると

  • 電子書籍という事業に幻想を抱かないこと
  • AmazonはMarketplaceという地味な仕掛けで栄養補給をしているから侮れない
  • そういう栄養補給の仕掛けなしに価格競争の世界で勝負賭けると討ち死にする可能性大