「真の構造改革」とは?

National Reviewに面白い記事が掲載されていたので例によって無断かつ適当翻訳。ちゃんとした内容は原文を読んでちょ。強調部分はmasayangによるもの。

CHRISTOPHER PAPAGIANIS AND REIHAN SALAM

JULY 20, 2010 4:00 A.M.
We Can’t Afford This House(こんな家は買えない)
From the August 2, 2010, issue of NR.

6月の末、米国下院は初回住宅購入者への8000ドル税戻しの延長を可決した。圧倒多数による可決で、賛成409-反対5である。上院は同案を発声投票で可決。政治的によれているこの局面で、ほぼ満場一致による可決となったことは注目に値する。保守的な共和党議員も、リベラルな民主党議員も、都市部選出議員も郊外・田舎の議員も、みんなが一丸になって納税者のお金をアメリカの一大産業:不動産業界にばらまいたわけだ。だがこの超党派的合意には問題があるのだ。


住宅税戻しは景気刺激策という名目がついているが、そんなものではない。この政策は巨大で強力な産業界への富の移転の一環でしかないのだ。その産業はどの選挙区にも根を張っているのだ。シカゴ大のCasey Mulliganによれば、税戻しは米国経済にほぼ何の影響も与えていない、とのことである。ハーバードの経済学者Edward Glaeserは「無駄な家の交換」を促進するくらいの効果はあったかも、と言っている。いずれにしても、この政策は初回住宅購入者に対してたいした効果を与えていないのは事実である。すでに家を買うことを決意していた人たちの行動を数ヶ月早めただけに過ぎないのだ。だが、この効果がない政策が合意された、というところに意味がある。民主党共和党も予算を均衡させるとか、社会保障を見直すとか、税率を見直すとか、そういう争点ではまったく合意することができない。だが、両党は不動産市場を下支えして、経済がぼろぼろに崩れていく中でも不動産業者がチャリンチャリンと販売手数料を稼げるようにしてあげよう、という政策では合意できちゃうのだ。


世界中の政府が、お先真っ暗な産業政策に莫大なお金をつぎ込んでいる。東アジアでは造船業自動車産業、あるいは電気産業などなどの育成政策がうまく行ったよ、という話も聞く。だが、そういった政策の負の面については聞くことがない。すなわち、政府と近い関係の企業が無尽蔵の補助金優遇政策を受け取り、その国の経済を犠牲にしながら一部の層だけが豊かになっていく、というような話だ。


20世紀の米国において政策的に重要視された産業は住宅である。税制優遇やFannie Mae/Freddie Macといった政府系住宅金融機関のおかげで、住宅市場に何千億ドルという資金が流入した。この住宅産業重視政策には確固とした理論があった。それも欠陥つきで。低教育な労働者の就業機会が減少するにつれ、中産労働階級の所得増大に必要な職を提供する場としての建設業界を育成する必要があったわけだ。だが政府主導の計画の常として、こういった作戦は最終的には失敗するのだ。結局のところ、長期失業率は全米的に跳ね上がってしまった。住宅バブルの数年を経て住宅は供給過剰になり建設業界の雇用は消え去ってしまったのだから。

米国にとって本当に必要な政策は、悲惨な結果に終わった住宅産業重視政策を放棄し、新たな、持続可能な雇用創出源を探し出し、成長につなげることである。そこには痛みを伴う過程が待っているであろう。例えば住宅融資金利を徐々に上げていくとか、政府系住宅金融機関の廃止とか。結果として、投資先としての住宅産業は他の産業に較べて魅力が減っていく。すなわち、他の産業への投資移転が生じることで、効率よくかつ持続可能な成長が視野に入ってくる。米国の数兆ドル規模の経済圏が生きるか死ぬかというこの状態で、この基本政策転換についてやるかやらないかを議論している暇はない。今実施するか、それとも米国経済がこれ以上ずたずたになっていくのを待つかを選ばなければならないのだ。


住宅購入補助を肯定する理由の一つに、持ち家は資産育成につながるという考えがある。大恐慌時代のニューディール政策以降、米国政府は住宅融資市場で決定的な役割を演じてきた。だがジャーナリストAlyssa Katz女史が2009年に出版したOur Lot: How Real Estate Came to Own Usで記述しているように、1920年代の米国における住宅市場は現在のそれとはまったく異なる風景だった。住宅ローン借り手は、頭金としてほぼ50%収める必要があった。しかも...返済期間は3年から5年が普通だった。もちろん、この頭金を貯められない世帯のための制度も存在した。二次抵当で頭金分を借りる、という手段である。ただし、その借入金利は高く、大恐慌で住宅価格が下落していく中、何百万という世帯が債務超過に陥っていった。そして、この悲劇こそが住宅融資市場を米国政府が実質国営化するきっかけとなったわけである。


米国連邦政府が介入したという政治的意味合いは重かった。アメリカ国民は住宅所有こそが経済的安全につながり、より良い市民になるための行動と考えるようになった。この傾向は特に低所得者層に強いという調査結果がある。家を所有することが、子供により良い教育を受けさせるために必要と考えたのであろう。月々の返済額は決して少なくなく、貯蓄や住宅以外への投資に回す余力はほとんどなかった。


高い頭金比率と短期間の返済期間により、融資を返済し終えた世帯はその後数年たらずで大きな含み益を得ることが可能だった。その含み益は住宅価格が上昇することでさらに膨れ上がった。未購入世帯の頭金用貯蓄に加え、家を購入した世帯の含み益をあわせると、何百万という世帯が次世代に残す資産を育成することが出来た。ニューディール政策を推進した人たちは、この政策で、裕福な牧場や農家の世話になっていた中産階級が経済的に独立し、工業化社会育成のための道筋が整ったと確信した。


だがこの政策の中身は、20世紀の終盤に大きく変化してしまう。1994年から2005年にかけ、持ち家比率は過去最高を記録した。その背景にあったのは、新たに登場した住宅ローン商品の数々で、頭金比率を下げ、含み益を減らす動きにつながった。そして家を保有する目的は、住宅価格上昇期待に集中していったのである。頭金に必要な比率が下がれば、家を購入する「入り口」に到達するための貯蓄も減少する。さらに「利息返済のみローン」が登場する。これは借入利息だけ返済するもので元金分は一切返済されない。さらにさらに「逆償却ローン」も登場する。こちらは借入利息すら返済しないもので、借入総額は決して減ることなく毎月増えていく。2006年には、サブプライムローンの1/3は返済期間が30年を越え、Alt-Aローンの半分近くは利息返済のみ、1/4以上が逆償却ローンとなっていた。


これらの変種ローンがもたらす効果の一つは、持ち家による社会的恩恵の減少である。住宅を保有することによる社会的恩恵は含み益の副産物であり、住宅ローン契約書に署名することで生まれるものではない。住宅保有と社会的恩恵の関係が誤解されてしまったのである。苦労して働き贅沢を先送りにしてきた結果、相当量の貯蓄につながり頭金を払うことが出来た、という本来の姿が、家の保有そのものに摩り替わってしまったわけだ。住宅ローンを払っていれば子供が良い教育を受けられる、というわけではない。家を買うために費やしたのと同様の努力を子供の育成にもつぎ込むようになるから、良い教育につながるのだ。


だが、頭金の比率が下がり、返済期間も長期化したことで、住宅所有による社会的恩恵はその意味を失ってしまった。頭金なし・逆償却ローンで家を買った人のことを考えてみよう。借入額は家を買った瞬間にはその家の価値の100%で、その後は着実に増え続ける。その家の価格が上昇しない限り、借入額は雪だるま式に増えていく。もはやこうなると住宅は資産効果をもたらすことはなく、賃貸で暮らすほうが総資産が増やせることになる。


含み益のない住宅所有者は、社会的にはむしろ損害をもたらす。含み損を抱えた住宅保有者は転居することが難しい。結果的に米国内の労働力流動性が下がり、失業率が高止まりするのだ。


持ち家世帯の含み益減少は、FRBの調査からも読み取れる。2001年第一四半期、米国持ち家世帯の含み益は7.7兆ドルで、全住宅価値の61%に相当した。2008年第三四半期には7.6兆ドルまで減少したが、その一方で住宅ローン残高は5.6兆ドル増加している。2009年第一四半期には含み益は2001年より1.35兆ドル減少。つまり、住宅ブームがあったにも関らず、住宅保有世帯の実質持分は減少していたわけであり、住宅保有率の増加は住宅融資に完全に依存していた、ということである。


このような変化から、政策決定者には以下の点をよく学んでもらいたい。まず、賃貸居住者を住宅保有者に転換するという政策は、結果的に多くの世帯に害を与えることになった。2001年〜2009年の間の住宅含み益が減少したことがそれを物語っている。二つ目は、住宅ローンの実質金利を下げてしまったこと。その背景にはFannie/FreddieなどのGSEや、FHAあるいは住宅減税などがあった。金利を下げれば買手余力が高まるので住宅価格は上昇する。この間、住宅価格は平均して25%上昇したため、買手は金利下落によって住宅を買いやすくなる、ということはなかった。カナダや欧州諸国は、米国のような住宅金利下落政策は取っていないが、持ち家比率は米国と変わらない。米国のように住宅ローン金利を人工的に下げる政策は、持ち家比率を特別に引き上げる効果はないが、他のもっと生産的な産業に向かうべき投資資金が住宅市場に流れ込んでしまうという副作用を伴う。


かといって、住宅ローン金利を抑える政策を放棄すれば、おそらく住宅価格は全般的にさらに下落するであろう。普通の人なら、毎月の返済額を基準に家の購入を判断する。住宅ローン金利を上げれば、同じ返済額で買える家の価格はより低くなる。同様に頭金比率を上げても購買余力は低下する。2万ドルの貯金がある人は今のFHA3.5%頭金なら570,000ドルの家を買えるが、頭金を20%に引き上げられたら10万ドルの家しか買えなくなる。


全般的な住宅価格下落は、現世代から次世代への一過的な富の移転をもたらす。だがこれは時間をかけて段階的に実施すれば、もっと効果的になる。住宅バブル最終段階の2007年、持ち家世帯は全世帯の31.8%の資産しか保有していなかった。その資産の多くは低所得層に分布しているが、政府の住宅保有者に対する優遇税制は低所得層よりは高所得層に有利に働いた。低所得層はもともと所得税率が低いからである。また、FHAやGSEによる住宅購入支援も、高所得層に有利に働いた。これらの支援は借入額に比例したからであり、借入額が小さい世帯はそれほどの恩恵は感じられなかったはずである。平均的な収入の世帯(平均±10%)が購入した住宅の中間価格は15万ドルである。高収入層の住宅は50万ドル。


行政管理予算局(OMB)によれば、住宅ローン金利引下げ政策に必要な予算は2015年までで6370億ドルに達する見込み。また、同期間における持ち家売却益に対する税控除は2150億ドル。さらに州・自治体レベルでの不動産税控除が1510億ドル。ざっとこれらだけで1兆ドルの歳入を失うことになる。連邦政府の負債総額が9兆ドルになると予想されている時期に、である。これらの住宅補助政策を段階的に廃止することは経済的な恩恵もさることながら、財政上も必須といえよう。


また、これらの住宅補助がどのように再配分されたかも、税専門家はつきとめている。現状では、これらの住宅ローン金利控除額の80%は、所得上位20%の世帯に集中している。控除を受けるにはきちんと収入と経費の申告をする必要があるがそもそもこれは低所得層よりは高所得層でよく見られる文化である。また、控除額は所得税率に応じて増えていく。また、住宅ローン控除が行き届く地域は上位20%の州と、上位10の都市に集中している。もっと詳しく見ると、75%はニューヨーク市、北部ニュージャージー、ロスアンジェレス、オレンジ郡、そしてシリコンバレーに流れている。


この不均衡を解決する手段は、住宅所有世帯に定額税戻しを与えることである。この方式なら住宅保有の利益を失うことはない一方で、より多くの税優遇を得ようとしての無理な高額物件購入は減らせる。税戻しは時間と共に減額していけば良かろう。このやり方なら今よりはるかに少ない予算で、中所得層の住宅保有を支援できる。


GSEの廃止はより困難な課題である。Fannie/Freddie救済のために、納税者はすでに1500億ドルの拠出をすることが確定している。議会予算局(CBO)はGSE損失が4000億ドルに達すると予測している一方で、さらには1兆ドルに行くという予測もある。このように予測に開きがあるのは、GSEがもたらす損失が3種類存在するからである。1) GSEが発行したMBSとローン保証総額5兆ドルから生まれる損失 2) 住宅市場が低迷していく中で、GSEが通常業務を続ける上で発生する損失 3) 実質政府機関としてフォアクロージャ防止の役目を負わされることによって発生する損失


現状のFannieとFreddieは、納税者から金を吸い上げる簿外組織だが、この役目を止める仕掛けは現存しない。下院がオバマ大統領に提出した金融改革法案には、救済用資金を最も必要とするFannie/Freddieに関する記述が一切入っていないのは残念といわざるをえない。


Fannie/Freddie改革に関する様々な提案が出されている。この5月には、Gergetown大学のDonald MarronとPhillip Swagelがより現実的な案を発表している。この案の肝ともいえる点は、GSEによる債務保証を現状の暗黙から明示へ変換し、それなりの対価を徴収させるというものである。また、Fannie/Freddieは民営化し、他の金融機関と競争させるべきだとも述べている。生まれ変わったFannie/Freddieの役目は明確で、適正な住宅ローン債権を買い取り、政府保証を取り付けられるMBSに組み込むことだけである。政府による保証を透明化するという点が大切であり、Fannie/Freddieは政府に対して適正な保険料を払うことになる。


政府による保証が明示化されるということは、政府の住宅市場への介入が保証されなくなると考える人がいるかもしれない。だが、最近の動きを見ればわかるように、政府が次の危機で住宅市場を放置するという考えは現実的ではなかろう。政府保証の全てが明示化されることはないだろうが、できるだけ明示化し、その保証料をきちんと算出することが望ましい。Marron-Swagel案によれば、一旦政府による保証料が定まれば、政府はその保証料を値上げすることも可能になる。こうして徐々に保証料を値上げしていくことで、政府による住宅市場補助は徐々に軽減されていく。また政府が保証するモーゲージ証券に組み込まれるローン上限を徐々に引き下げていくことで、住宅市場への政府介入度合いを引き下げていくこともできる。ローンに上限が設けられることで、将来のインフレや住宅価格上昇は政府の住宅市場への介入度を下げる結果につながる。


同様に政府による住宅ローン金利分補助も、徐々に引き下げていくことが可能だし、引き下げていくべきだろう。


住宅産業再編が、ただちに力強い経済回復が実現されるわけではない。だが、住宅産業再編を実行することで、誤った政策によりゆがめられた住宅産業に過去数十年間流れ込んでいた労働力や資本が、他の生産的な産業に戻っていく可能性が生まれる。やがては、労働力や資本家がより強固で持続可能な経済を生み出すことにつながろう。

— Christopher Papagianis is the managing director of Economics21, a nonpartisan policy-research institute, and previously was special assistant for domestic policy to Pres. George W. Bush. Reihan Salam is a policy adviser at Economics21 and blogs here. This article originally appeared in the August 2, 2010, issue of National Review.

所感

かつての米国住宅ローンは頭金が高くて返済期間も短いという話は聞いたことが歩けど、50%頭金で3年〜5年返済というのは知らなかった。でも、頭金を高くするからみんな必死に貯金をし、短期間での返済で頑張ったから民間での資本が蓄積され、結果的に大恐慌から抜け出すことができたし、その過程で中産階級が農家・牧場から独立し、工業化社会での労働力になりえた、というあたりにアメリカの栄光をささえる原動力があったのだろう。

だがやがて、「家を買うために努力したから資産が形成された」という事実が「家を持てば資産が形成される」という仮定に変貌したあたりから、米国の変調が始まる。記事でも指摘されているが、不相応なローンを背負うことが「豊かなアメリカ世帯への切符」みたいに勘違いした人達が住宅バブルを生み、やがてそれが破裂して今に至っている。そして「返済が大変な借手の生活を助ける」という名目で実施される政策の全ては、実質的には金融機関の救済であり、莫大な税金が死に行く住宅関連産業に投入され続けている。そんな馬鹿なことはもう止めて、住宅産業重視の政策を徐々に引っ込めて、もっと持続可能な分野に労働力や資本・税金を移そうよ、というのがこの人の意見。

こういうのを「真の構造改革」というのではなかろうか。

ただしものすご〜く痛みを伴うのは確実なので、今の政府・議会がこういう意見に耳を貸す可能性は皆無だろうけどね。あと数年は、滅び行く産業に血税をつぎ込む日々が続くのではなかろうか。それが太刀打ちできなくなった時に何が起きるのかは、そのときのお楽しみに取っておこう。

追記