「ロボサイン」スキャンダル

いや〜 一気に香ばしくなってきたじゃないですか米国住宅市場。

ロボサイン

先日紹介した新たな引き伸ばし工作? それとも本当に問題あり?にて紹介した「書類の中身を確認せずにForeclosureを進めてしまった」事象を総称してRobo-Signingと呼ぶようになったようだ。ロボ・サイン=機械的にForeclosureに必要な書類にハンコなり署名なりを記入していく、ということ。

発端

サブプライムローン破綻が問題になった頃から「Foreclosure Machine」と呼ばれる人達が存在したことが知られている。ローンの審査時より手続きが煩雑なForeclosure処理を機械的に進めていく人達。だけど、現状のForeclosureバックログサブプライムローンが問題になった頃より遥かに多いのだ。しかも証券化されたローンは関係者が多すぎて、書類の確認だけでも相当な作業量になるらしい。

In a sworn deposition taken in July in a disputed foreclosure case, Erica Johnson-Seck, an Austin, Tex.-based vice president for bankruptcy and foreclosure for OneWest, said she and her team of seven others sign 6,000 documents a week, or about 24,000 a month, without reading all of them. Johnson-Seck estimated that she spent no more than 30 seconds to sign each document.

テキサス州オースチンにあるOneWest社ではForeclosure関係の書類を7人で週6000通処理。一通あたりの処理時間はわずか30秒。

→これはフロリダ州のForeclosure専用裁判所における8月30日の公判記録。定年退職した判事が老後の仕事として再就職するような場所らしい。そしてその判事は「ワシはなぁ、引退したのになぁ、こんな場所に呼ばれてなぁ、月曜と火曜はこんな案件ばっかり見させられてなぁ」(意訳)などなどと世間話をした後に「ほい。証拠の書類見せて。はい。問い合わせには応じないよ(きっぱり)」という感じで機械的にForeclosure処理を進めていく様子が記録されている。

→そんだけ機械的に処理するというのもすごいけど、証券化とかでどこにあるか定かではない関連書類を取り寄せる手間も相当大変なはず。だがご安心を! Lender Processing社のDocX GetNetサービスを使えばあ〜ら不思議...

GetNet™ was designed to assist mortgage servicers in meeting agency certifications and to avoid costly penalties for filing late satisfaction pieces.

  • A National Network of title runners retains presence in every county jurisdiction nationwide.
  • Obtains missing mortgage documents, assignments, title policies and LGC/MICs.
  • Expedites recordation by physically walking documents in to county recorder offices.
  • Provides title searches to identify mortgage holders.
  • Provides online reporting capabilities.

→なんと、Foreclosure手続きに必要な書類を「取り寄せて」くれる。だがこのDocXは今年の4月に閉鎖されている。StopForeclosureFraudの記事が引用されているが、それによれば

On April 12, 2010, Lender Processing Services closed the offices of its subsidiary, Docx, LLC, in Alpharetta, Georgia. That office was responsible for pumping out over a million mortgage assignments in the last two years so that banks could foreclose on residential real estate. The law firms handling the foreclosures were retained and largely controlled by Lender Processing Services, according to a Sanctions Order entered by U.S. Bankruptcy Judge Diane Weiss Sigmund (In re Niles C. Taylor, EDPA, Case 07-15385-sr, Doc. 193). Lender Processing Services, the largest “default management services company” in the country, has already made at least partial admissions that there were faults in the documents produced by the Docx office – although courts and homeowners were never notified. According to Lender Processing Services, over 50 major banks use their default management services. The banks that especially need the services provided by Lender Processing Services include Deutsche Bank, Citibank, Wells Fargo and U.S. Bank, acting as trustees for mortgage-backed securitized trusts. These trusts, in the rush to securitize mortgages and sell them to investors, often ignored the critical step of obtaining mortgage assignments from the original lenders to the securities companies to the trusts. Now, years later, when the companies “servicing” the trusts need to foreclose, they retain Lender Processing Services to draft the missing documents. The mortgage servicers, including American Home Mortgage Services, Saxon Mortgage Services, and American Servicing Company, never disclose that the trusts are missing essential documents – they just rely on Lender Processing Services to “fix” the problems. Although the Alpharetta office has been closed, Lender Processing Services continues to mass produce “replacement” assignments from its Jacksonville, Florida, and Dakota County, Minnesota offices. Law firms retained by Lender Processing Services also often use their own employees, posing as officer of Mortgage Electronic Registration Systems, to produce the needed Assignments.

→DocXを使ってForeclosureに必要な書類を入手した各金融機関であったが、そのDocXが提供した書類に「誤り」があったことが判明している。要は捏造だ。その後DocX事務所は閉鎖されたが、LPS社は引き続きForeclosureに必要な書類の提供を続けている。

するとどうなるか?

大量のForeclosureを機械的に処理しなければならないという課題は前からわかっていたけど、ここにきて急にGMAC(Ally)、JPMorganさらにはBank of Americaまでが「書類処理上の問題で」Foreclosureを一時保留すると発表した最大の理由は... 「同じ物件に対して複数の金融機関が所有権を主張する事例」が出てきてしまったのである。そりゃそうだ。

  • DocXなどを使ってForeclosureに必要な書類をざざっと揃える。
  • そのDocXは提供した書類に間違いがあったことを認めている。

→だが金融機関も裁判所も書類の中身を精査することなどできない。量が多すぎるのだ。30秒の間にその物件が他人の所有物であることを確認することなどできないのである。結果、ある物件に対して複数の金融機関が「俺の」と手を上げる事態も生じてしまうのである。

しかも選挙前なのですよ

こうしてGMAC, JPM, BofAなどが「裁判所での手続きが必要な州におけるForeclosureの一時停止」に踏み切ったわけだが、あいにくこの秋は選挙前。裁判所での手続きが不要な州においてもForeclosureを一時停止すべきだ、と議員さんが騒ぎ出している。カリフォルニアやアリゾナはすでに決まった模様。90日=年内いっぱいForeclosureを止めればクリスマス前に家を追われる人もいなくなるし、11月の選挙で自分のところに票が入ってくるかもしれない。そういう計算だろうね。

前回選挙の際にもForeclosure一時停止措置がとられた。二年前は人工的に供給を絞ることで、比較的低価格の住宅相場に一定の底を形成することができた。だが、今回のForeclosure一時停止では話が変わってくる。

(1) Title Insurance(不動産権原保険)販売停止の動き...もしかしたら他人の所有物であるかもしれない物件を販売することはなかなか安心出来ない。そういう不足の事態に対応するためにTitle Insurance(不動産権原保険)をかけるのがアメリカでは一般的なのだが、既にForeclosure物件に対するTitle Insurance販売停止の動きがでている。Title Insuranceの掛金は自動車保険並で一回しか発生しないが、加入できない場合は「残念でした。実は他人の持ち物でした。」と購入した家を持って行かれる可能性を排除できない。Title Insuranceをかけられない家を購入する人は、それなりのリスクプレミアム(=値引き)を要求することになろう。金融機関には収益圧迫要因となる。

(2) 膨大なForeclosureバックログ...Foreclosure予備軍の家は非常に多い。(だからこそロボサイン問題が発生した) 現在進行中のForeclosureを一時停止して書類を精査するというのはわかるが、その間にもどんどんForeclosureに追い込まれる物件が発生するのである。一時停止期間が終わったら、またロボサイン問題と立ち向かうの? 

(3) 価格帯...Foreclosure物件の価格帯は二年前より上昇している。中古車より安い掘っ立て小屋なら所有権争いになってもジャンケンで済むかもしれないが、100万ドルの物件ではそう簡単には済まないだろう。人件費増加=利益圧縮要因。

(4) 人件費...一件30秒で書類審査を済ませていたのは人件費を抑えるためだったわけで。一件あたり何分が適正なのかはわからないが、一件1分にするだけで単純に人件費は二倍に。10分なら20倍。1時間なら120倍。その分、金融機関の利益は落ちていく。

システム屋から見ると...

なかなか面白い現象である。

まずアメリカには日本でいう「登記所」みたいな仕組みがない。なので、ある不動産の所有権がどうなっているのかを確定するのは簡単ではない。*1 しかも、証券化のために書類はあちこちに分散した関係者の手に渡る。そこに目をつぶってForeclosureという所有権移転の手続きを機械的に進めれば、当然歪がでてくる。

もちろんこの歪は住宅バブルでローンを乱発していた時にも存在していたのであるが、物事が良くなっているように見えているときは誰もそんな問題など気にしない。

  • 借り手の信用が足りない? ノープロブレム。家の値段が上がればいい。
  • 所有権記録の書類がどこかで散逸した? ノープロブレム。値段が上がって売るときに考えればいい。

そんな状況下で住宅市場が暴落するのを想定した制度設計をする酔狂な人はまず存在しない。いたとしてもお呼びがかからないだろう。多少手間がかかっても儲かるはず、と信じきっている間はシステム導入による合理化など考えられないのだ。

そしてバブルは弾け、全てが逆転を始めた。

縮小していく中での作業量増加。システム化という選択肢はなく、丁寧な作業を求められ、なおかつ急がねばならない。となれば、高度なスキルを持った人達を集めて人海戦術でいくしかないのであるが、それは金融機関の収益を確実に圧迫していくであろう。

*1:Foreclosure投資の本を読んでも、このあたりはしつこいほど書かれている