侮れない小切手決済

先日の書き込みで軽く突っ込みをいれた「借金国家と預金国家ではゼロ金利政策の意味は正反対」という記事。ちょっと気になる記述がある。

電子取引に慣れている日本人にとってこの『チェック』取引はなんとも非効率的で前時代的にうつります。

チェック=小切手で決済するアメリカの仕組は前時代的に見える、ということらしい。同様な話が2007年の日経ITPro記事「【不思議の国アメリカ】“オンライン決済不在”の驚くべき実態 」にもあった。

「ほんとに信じられない!」「なんでそんなことするの?」「なぜ日本みたいにしないの?」

日本とアメリカの両国でそれなりの規模のシステム開発を通じて「決済」の世界をみてきたけど、アメリカの小切手決済システムは侮れないし、よくできていると思うんだな。一方で、日本ではオンライン決済という仕組が整備されている割には「決済」という業務全体はそれほど効率化されてなく、人海戦術に頼ってる場面が残っているわけですよ。

「決済」とは?

そもそも決済とはなんだろう? 以下の一連の作業のはず。

  • 取引先に対し「請求」を行い
  • 取引先がその請求に対して「支払」を実行し
  • 請求額と入金額が一致したことを確認して

決済は完了する。請求額と入金額が一致しない場合は、それなりの未収処理が発生する。

取引先が一社や十社くらいなら手作業でも問題なかろう。でも取引先が増えてくると工夫が必要となる。少なくとも「取引先」と「請求書」には識別子をつける必要がある。支払(入金)が「取引先」「請求書」と紐付けられていれば、上記の入金確認作業は大幅に効率化されるし、紐付けがされていなければ、いくら「オンラインで」送金されてきても、請求額と入金額の突合せ作業は容易ではなくなる。

日本のオンライン決済

昔の日本の「オンライン決済」は、まさにこの「紐付け」部分に根本的な問題を抱えていた。支払元(入金者)の情報は...通帳に記載される程度の情報量しかなかったのだ。

  • 61.12.30...ナカムラマサヨシ 123,400.-
  • 61.12.30...ハテナ(カ) 432,100.-

みたいに、いつ、誰が、いくら払った、という情報しかもらえない。請求書どおりの名前で請求額どおりに払ってくれれば、金額をもとにして突合せすることもできるかもしれないが

  • 金額違い
    • 単なる間違い
    • 勝手に値引
    • 勝手に先払い上乗せ
  • 名前違い
    • (カ)ハテナとハテナ(カ)
    • タカハマキョシさんに請求したが、銀行側の都合で名前がタカハマキヨシにされちゃう
      • だが別のタカハマキヨシさんも実存したらどうするの?
    • 家庭の都合で苗字が変わってる

等などの問題は排除できない。請求先が数百を越えると、この突合せ作業はかなりの労力を必要とする。

最近は以下のような工夫がされたらしい。

  • 取引先ごとに専用振込先口座番号を割り当てることで「誰からの」支払なのかを特定できる
  • 取引先・請求書ごとに、専用振込先口座番号を割り当てることで「誰からの」「どの請求に対する」支払なのかを特定できる

そりゃ、ここまでやれば突合せ作業の軽減にはなるだろう。というか、ここまでやってやらないと、日本の「オンライン決済」は使い物にならなかったのである。*1

米国の小切手決済

対する「ローテク」米国の小切手決済であるが、「請求書」と「小切手」が一緒に送付されてくるので突き合せ作業は最初から完結しているのである。小規模な事業者なら、紙と手作業でこなせる。処理量が増えたらパソコン+パッケージソフトで管理すればよいし、大量の処理が必要となる場合は、請求書と小切手をOCRで処理する事業者に委託すればよい。基本は同じ業務フローで、小規模から大規模までスケールするのである。これが小切手決済の侮れない部分。

ということで簡単に比較すると

  • 先に入金が確認され、それから請求との突き合せをするのが日本のオンライン決済
  • 先に請求との突合せが完了し、それから入金が確認されるのがアメリカの小切手決済

ということになろう。

ただし、小切手はあくまでも「この人に対し私の口座から○○ドルを払ってあげてください」という銀行に対する支払指示でしかない。突合せ作業は完了しても、入金確認は後回しになる。仮に小切手が不渡りになっても、その時点では入金識別子(transaction#)と取引先・請求書との紐付けができているので、未収処理もしやすい。

基準点・与信管理

決済作業の流れと、決済完了(あるいは未収確定)の基準点が異なるため、日本のオンライン決済に慣れた人には、アメリカの小切手決済は稚拙に思えるかもしれない。そこまでいかなくても、違和感は覚えるだろう。

ITProの記事で、こんな記述がある。

したがって実際のビジネスシーンで深刻な問題が引き起こされる。代金支払いがチェックで行われた場合、チェックを受け取ったとしても実際の代金回収が完了しているとはいえず、常に不渡りリスクが存在している。高額のチェックであれば銀行が10日間程度ホールドすることもしばしばある。不渡りもホールドもキャッシュフローに与える影響は大きい。

小切手受領をもって決済完了の基準とすると、上記のような混乱が起きる。銀行が小切手の処理を終える時点を決済完了の基準点とするべきなのである。

キャッシュフローに与える影響について言えば、小切手であろうがオンラインであろうが、「掛売り」である限り大差はないはず。送られてきた小切手が数日後に不渡りになるのと、一ヶ月たってもオンライン振込みされないのと、どちらが売り手にとってうれしいだろう? 

参考:小切手決済関連システム

*1:システム屋としては、請求書ごとに振込先口座番号を割り当てるという処理方式は...美しく映らないんだな