システム開発屋がリフレ政策を批判してみる
- 先日、稚拙な訳文をあえてオーストリア学派のデフレ論を読んでみるに掲載した。
- 原文は2002年初頭、ネットバブル崩壊+911テロで経済がどんどん落ち込むアメリカが「デフレの恐怖」におののいていた頃に書かれた。
- そして著者は「今はデフレではない」と断言していた。
そのデフレ論以降を自分なりに整理してみる。
- 現実はご存知のとおり、グリーンスパンによる金融緩和政策が実施され、信用バブル/住宅バブルを生む。
- 住宅バブルは雇用を生み、さらに値上がりした住宅価値を担保にした借入でクルマや家電がばんばん売れるようになり、その経済が持続すると判断した企業は投資を増やし...という良い循環が続いた。
- 景気回復とともに、2004年春からFedは金融緩和の勢いを弱める。
- 紹介したデフレ論にも書かれているが、信用市場は「通貨供給量の増減」ではなく「通貨供給量増加『率』の増減」に反応する。供給量増加率減少は、ゆるやかな貸し渋りにつながり、徐々に信用デフレが始まった。
- それはサブプライム問題という形で顕在化し、リーマン破綻という「パニック」につながる。
- Fedはゼロ金利+量的緩和政策でその信用デフレを退治しようとしている。
- が、上記デフレ論は、政府・中銀の介入によってデフレが長期化・深刻化すると主張している。その典型は米国大恐慌、と。(大恐慌以前の世界では、デフレは短期で急激に終わるのが常だったらしい)
- アメリカは日本型長期デフレの入り口に立っているのではないか。
- 日本はデフレ長期化・深刻化にまい進しているのではないか。今議論されているリフレ政策は、その流れを決定づけるのではないか。
システム屋の視点でリフレ政策を批判してみる
自分が「リフレ政策」に批判的なのは、以下の理由による。
- 根本的原因を除去できない
- 政策実施の目標と効果を測定する適切な指標および指標測定手段がない
- 政策失敗時の担保手段が明確ではない
根本的原因を除去できない
政策実施の目標と効果を測定する適切な指標および指標測定手段がない
- これは前述のデフレ論にも書かれている話。
- 物価指数を見るのは適切か? その場合、見るのはPPIか? CPIか? PPIもCPIもさらにいくつかの種類があるけど、どれがいいのか?
- 通貨供給量をどうやって測るのか? Bank Reserve? M1? M2? その他?
- 計測した各指標は、どれくらい「今」を表しているのか? 実はそれらの数字は、過去のいつだか特定できない時点で実施した通貨政策のもたらした結果ではないか?
- つまり、「適切な物価や雇用を維持するための通貨供給量」なんてのは把握不能。もちろん、ある時点でそういう条件を満たすことはあるかもしれないけど、その条件を維持することは不可能。なぜなら、その「ちょうど良い」条件を生んだ通貨政策は過去のものであり、その後に実施した政策がどういう結果をもたらすかは現時点では予測できないから。
クルマに例えると...
- アクセル踏んでもすぐには吹けないエンジン。どれくらい経過してどれくらい吹けるかは、誰もわからない。
- ブレーキも然り。ブレーキ踏んでしばらくすると、じわ〜っと効くかもしれないし、どかん!と効くかもしれない。
- エンジン回転計も速度計も、それっぽいのはついているけど、その数字が現実を示しているのかわからない。その数字は数秒前の速度かもしれないし、2年前の速度かもしれない。
- そんなクルマを用意して「大丈夫です。これで適切なエンジン回転と速度を維持してください。安全です。」と主張するのがリフレ推進経済学者。
- 日本の場合、そのクルマの運転者に指示を出すのは、経済感覚ゼロの首相だったり、根本的な人格が疑われる静かでもなんでもない大臣だったり...
- そして事故ったときのツケは納税者に。
政策失敗時の担保手段が明確ではない
まとめ
- 「ほどよい」通貨供給というのは実は無理。
- グリーンスパン時代もいつの間にか加熱状態になり、そこでブレーキをかけたら悲惨な結果に。
- 理論は立派でも、実行に耐えられなければ無意味。
どうでも良いこと
- 「経済学者」vs「金融屋」の言い争いは見苦しい。