Blood Bros.

WSJ紙がBlood Brothersという見出しで、フロイドランディスの件を取り上げている。Brood Brothers(複数)は、「血でつながった男たち」とでも訳せるか。

有力紙がこの長さ、詳しさで自転車レースの暗部ともいえるドーピングを取り上げるのは異例である。ざっと数えても5000語以上。気力のある人はじっくり読んでいただきたい。ここでは記事に挙がっている選手・関係者の名前と、使われた「手口」を記事から抜粋し、なぜランディス事件が大きな影響を与えそうなのか、解説を加えておく。

記事に上がっている選手・関係者

  • Lance Armstrong(US Postalにおけるドーピング活動の中心)
  • George Hincapie(Landisと同じ部屋で血液ドーピングを受けていた)
  • José Luis Rubiera(同上)
  • Chad Gerlach(元US Postal。彼はUSPSでのドーピング存在を認めている。)
  • Walker Ferguson(テキサス出身の選手。USPSの選手達がストリップ小屋でどんちゃん騒ぎをし、一部はコカイン吸っていたのを目撃)
  • Johan Bruyneel(USPS監督。見込みある選手にドーピングさせる。)
  • Michele Ferrari(Lance Armstrongお抱えの医師兼トレーナー。その後ドーピング指導で捕まってる。)
  • Robert Burns(Trek社。USPSに供与したレース用自転車が、市中に流れていたことを認めている。ただし、その代金が何に使われたのかは関知せず)
  • David Clinger(元USPS。彼はその後別件で二年間出場停止)
  • Benoit Joachim(元USPS。Landisの人格について記者に答えている)
  • Levi Leipheimer(USPSからPhonakに移籍したLandisに血液ドーピングの道具等を届ける物流担当)
  • Andy Rihs(Phonakオーナー。Landisの依頼で同チームも血液ドーピングプログラムを整える。)
  • Jonathan Vaughters(元USPS。2006ドーピングで捕まったLandisに全て正直に語るよう助言)
  • Pat McQuaid(UCI会長。Landis事件におけるドーピング検査プロトコルに間違いはないと証言)
  • Maurice Suh(Landisの弁護士)
  • Jeff Novitzky(FDAの犯罪捜査担当。BALCO事件も担当していた。)

Landisが証言する「手口」

(1) 血液ドーピング
自分の血を冷蔵保存し、Tour de Franceの激しいステージの後に自分の身体に戻す。US Postalはこの作業(血を抜く、保存する、現場まで運ぶ、選手に戻す)の専属担当がいた。運び屋はレース期間中に目を光らせる欧州警察や新聞記者を出し抜く手段を色々考え、選手に血を戻すのは山道で故障して停まっているように見せかけたバンの荷室、等々Landisの証言は生々しい。

Landisが入った2002年以降、US PostalではEPOは使っていない。検査方法が確立されてしまった、という理由。

(2) テストステロンパッチ
疲労回復に使う。胃袋の上に一日おきに貼る。

なお、2006年のTour de FranceでLandisはテストステロン検出で捕まっているが、「このレースおよびその前からテストステロンは使っていない」という主張は以前と変わっていない。自分のブログでも以前盛んに書いていたが、あの検査結果で「クロ」にするのは酷というものだろう。

Landisが賢いのか? Landisに入れ知恵している奴がいるのか?

WSJの記事を、ドーピングに関わってツール・ド・フランス優勝を剥奪されたフロイドランディスという選手が「あいつもこいつもドーピングしていたじゃないか」と愚痴っているだけの話と読んではいけない。むしろこの記事はランス・アームストロングを中心とした元US Postalに対する包囲網が縮まってきていることを示唆した記事だと思ってよいだろう。

特にTrekに対する捜査とその状況を載せている部分に注目したい。

Federal investigators have contacted one of the team's sponsors, Trek Bicycle Corp., and asked about the sale of bikes, according to a person familiar with the matter.

Robert Burns, Trek's general counsel, said in an interview that the company was aware that bikes meant for U.S. Postal riders were being sold, but said it didn't know what the money was used for. "Occasionally, you'd see a bike on the Internet somewhere where it would surprise us," he said. "We didn't want to see that stuff getting sold on the market. It should be going to a better use than that." He declined to comment about whether Trek had been contacted by investigators.

連邦政府捜査官は、US Postalチームのスポンサーであった自転車メーカーのTrekに対し調査を行ない、供与した自転車の横流しがあったかどうかを確認した模様。

Trek社のRobert Burns氏によれば、同社はレース用に供与した自転車が市中に横流しされていたことを認めている。ただし、その売却で得られた資金を何に流用したかは知らないという(以下略)

そう。お金の流れがこの事件の鍵なのである。

United States Postal Serviceという政府系機関がスポンサーとなっている自転車チームがその収支決済に「支出の部: 血液ドーピング機器一式」などと書けるわけがない。もちろん、民間企業がスポンサーとなっていてもそんなことは書けるはずもない。

だが、政府系機関から得た補助金をドーピングに使っていたとしたら、そして表向きには「我がチームはクリーンです」などと宣伝していたら、これは「政府に対する詐欺」であり、重罪である。その根拠はFalse Claims Actという法律に記載されており、犯罪をおかした側は

  • $5000〜$10000の罰金
  • 政府に与えた損害の3倍

が課せられる。

だが一方でFalse Claims Actはこういった犯罪の告発者を強く保護しており、

  • 告発者がその犯罪に関わっていたとしても、起訴されない。
  • 犯罪をおかした側に課せられる罰金の30%を「賞金」としてもらえる。

つまり、仮にUS Postal Teamおよび関係者が政府に与えた損害が1000万ドル(88億円)と判断されたら、USPSとその関係者は政府に3000万ドル払わなければならない。そして告発し、捜査に協力したLandisは270万ドル(2億3800万円)をもらえる。しかも起訴されない。

ドーピングという誘惑に負け、名誉はもちろん家も家族も全財産も失ったLandisにとっては、よい復讐になるのではないか。

でも、このFalse Claim Actの話をLandisが知っていたとも思えないんだよね。特に今回の動きが始まる直前、3月〜4月頃のLandisはレースでもまともに走れず、酒ばっかり飲んでいて、下手したら自殺するんじゃないかと周囲がハラハラしていたくらい、ぼろぼろだったらしい。

誰かが入れ知恵したのか? それとも酒で荒れていたのは演技で、こっそりと法律を調べていたのか? 

Tour de France開催直前のこの時期に、よりによってWSJLance Armstrongの写真たっぷりで長文記事を掲載してきたということは、なんらかの動きがある前触れかもね。