Implied Volatility

自転車ばかり乗っているので私のことを脳味噌筋肉の体育会野郎だと思っている人がいるようだが、実は低脳な大学の利口学部電気工学科でデジタル信号処理を専攻していたという暗い過去を持っているのである。なので、人間の音声波形とか、うねうねとした株価チャート・為替チャートとかを見ると萌えあがるという、変わった習性を備えている。

人間の音声波形は合成しやすい。合成できるということは、将来の数値を予測している、ということだ。これは人間が発声をする仕組みがほぼ固定されているからである。仕組みがわかっていれば、そこから出てくるものを予測することは比較的容易である。喉の奥の仕組みが、映画「The Thing」みたいに変身しちゃう人を私はみたことがない。

これが株とか為替とかになると、話はややこしくなってくる。色々な人が、それぞれの投資尺度・それぞれの予測で市場に参加してくるため、価格生成の仕組みが刻々と変化してしまうからだ。デイトレーダーは秒・分の単位で予測して、数多くの取引をしてくるだろうし、出勤前にプログラム取引をセットしてくるサラリーマントレーダーは、日か週単位で考え、行動するだろう。Warren Buffettおじさんみたいに、5年10年の単位で考えて、とんでもない金額を張ってくる人もいる。こうして、色々な人が様々な視野視点で市場に参加する結果、各自の予測前提も刻々と変化し、それに応じた取引が生じて(以下、繰り返し)将来の予測は非常に難しいのである。

でも、みんなの予測がどれくらいの範囲に広がっているかを計測する手段は存在する。それはオプション取引残だ。

例えばBear Stearnsは株価が$65近辺だった頃に、$30 PUTオプション($30でBear Stearnsの株を売る権利)の取引が急増し、破綻の噂が広がった。「ベアスタは近い将来、株価が$30以下に落ちる」と予想した投資家が多数存在したわけである。もちろん、CNBC Mad Moneyの戯言を信じて、ベアスタの株価は反転上昇する、と予想していた人達も多数いた。結果、Bear Stearnsのオプション取引残は高い価格から低い価格まで幅広く存在することになった。

逆に、ある特定の価格のput/callオプションに取引残が集中していたら、市場参加者はその価格に株価が収斂していくと予想していることになる。

このオプション取引残の広がりこそ「Implied Volatility」(予想変動率)数値化の根拠となるのである。

VIX (CBOE Volatility Index)

有名なImplied Volatility指数にVIXがある。これは、S&P500の翌月オプションを元に予想変動率を数値化したもの。無料でチャートを表示できる。

で、非常に残念なのが「VIX=恐怖指数」みたいな書き方をしている記事が多いこと。かの有名な日本一の経済新聞社ですら、そういう書き方をしていることがある。確かに株価が急落するとVIXは跳ね上がる傾向があるし、安定して株価が上昇している時はVIXが低くなっているように見える。だが、上にも書いたとおり「VIXは予想変動率」でしかない。上に行くのか、下に行くのか、VIXは語ってくれないのである。

VIXが史上最高を記録したのは? 史上最大の暴落を記録したブラックマンデーの1987年10月19日だと思うでしょ? 答えは「No」。実はVIXの市場最高値は10月20日に記録した「170」で、ブラックマンデーの翌日。そしてこの日は、株価上昇率が史上最高を記録した日でもある。[*1]

繰り返すけど、VIXは株価の上昇・下落については何も語らない。語ってくれるのは、予想変動率。そんだけ。

とはいうものの...



とはいうものの、VIXとSPXの間には明確な相関関係が見られる。これは、Volatility(変動率)がLiquidity(流動性)の裏返しだから。株式市場に資金が流れてくれば、流動性が高まり変動率は低下する。株式市場から資金が逃げれば、流動性は低下し変動率は高まる。

でも、流動性が高まって市場が安定してくると、市場参加者はより高いリスクを取るようになってくる。いわゆるミンスキー理論みたいな感じ。VIX=20だと、年間あたり5%しか変動しないはずと市場は予測しているのだけど、株価が安定しているからさらに資金が流入してくる。結果、期待変動率を越える勢いで買いが発生し、市場は「上げすぎ」となる。そこを突いて空売り筋が入ってくると、下値支持が薄い分、株価は一気に下げ、市場から資金は逃げ、流動性は低下し、変動率は高まる。今週見られたのはまさにそれ。しばらくは、この流れが続くのではないかな。もちろん、VIXが高まるということは、空売り買戻しで一気に株価が上がる場面も増えるということでもある。要は「荒れる」ちうことである。

VIXはどこまであがるか

それはわかりません。

VIXのオプションもあって、それを見る限り、6月や7月にVIXが30くらいまで上昇すると予想している人が多いことがわかる。VIX=30つーと、1月や3月に株が荒れたときと同じ水準。

で、本当のパニック(暴落)というのは、流動性が低下したときに起きるもの。ブラックマンデー前週金曜のVIXは「35もあった」のである。そしてブラックマンデー当日は60で始まり、150で終わっている。翌日はさらにVIXが上昇したのは前述のとおり。

いつも参考にしているサイト

*1:当時はオプション取引がなかったので、VIXは存在しなかったが、過去の株価から逆算してVIXは計算可能。さらにややこしいことに、VIXの算出方法は途中から変更されたので、1987年当時を再現するにはVXOを使うのである。got it?