新奴隷制度は存在する。ただしこの人の言うような形ではないし、アメリカだけの話でもない。

はてぶでアメリカの新奴隷制度という読書感想文をみつけたけど、なんじゃこりゃぁぁというのが正直なところ。

1. 高校生になって「このまま高卒じゃ単純労働の仕事しか無いじゃん」と大学進学を決意

→高卒やそれ以下だと極端に収入が下がるのでできるだけ大学にいくべし、という考えは珍しくはないかもしれない。だが大学進学手前の高校での落ちこぼれ率が30%なのがこの国の実情。*1
 

2. だけど親が学資を貯めてるとかありえない(アメリカ人は貯蓄しない)。学資ローン借りるか

→貯蓄率が低いのは事実だが、そもそも親が子供の学費を出すほうが珍しいんじゃないかな。

3. 借りて無事大学進学。だけど大学の授業料が在学中に上げられていく。学資ローンの金利も勝手に上げられていく

→学費がどんどん上がっていくのは事実。学資ローンの利率は無担保融資にしては低いんじゃなかろうか。→Sallie Maeの借り入れ利息表。15年固定と変動金利とが選べる。

4. 授業料安い大学に転校するか。でも大学側は転校に必要な資料を提出してくれない(転校されたらお金が入ってこなくなるから)。学資ローンを金利が安いヤツに借り替えようとするが、学資ローンに関しては法律で借り換えができない。そしてなんと、学資ローンは自己破産の適用もされない(借りたら最後、返すまでずっと借金背負わされたまま)

→学資ローンは自己破産の適用もされないというのはあくまでも通説。実際にはUndue Hardship=返済が過度の負担であることを証明しなければならない、というところが適用への大きな障害。その証明をするには弁護士の手助けが必要だけど、債務返済に苦しむ人はそんな弁護士雇う余裕はない。 *2 2005年に改正された倒産制度濫用防止と消費者保護に関する法律は、似たような効果を住宅ローンやクレジットカードローンにも広げてしまっている。

5. 大学卒業頃には借金まみれ。借金の多さを理由に就職できず。

→就職の際に採用側がクレジットヒストリーチェックを走らせるのは事実だろうけど、学資ローン債務が大きすぎるので就職を拒否されることは珍しいんじゃないかな。学資ローン以外の債務が重いとか、採用しても戦力にならないから落とされるとか、理由はいろいろあるのだろうけど、負け犬な人はその理由を自分以外のところにおきたがるもの。

6. お金が無くなって住む場所もなくなり、ホームレス生活

→これはないだろう。友人のところに転がり込むとか、親元に帰るとか、大学出るくらいの学力があるのならまずは当たり前の対策を考えるのでは。

7. ホームレスは法律違反(一部地域)、と言うことで刑務所行き。

→ここが激しくネタっぽい。路上生活を許さない地域はたしかに多いが、だからといってホームレス即刑務所という話は聞かないよ。保護施設に収容されるとか、自立更正プログラムが適用されるとか、まずはそういう動きでは?

8. 刑務所も民営化で有料。1日10ドル取られて、生活必需品も有料。それに対して刑務所労働の賃金は超低賃金。払えるわけも無く、ますます借金膨らむ。

→ここもネタっぽい。民営化の刑務所はあるけどまだ少数派。州によっては刑務所民営化を法で排除しているところもある。そして民営だろうが公営だろうが元々低賃金。そもそも刑務所での労働はシャバにいたときの債務を返済するのが目的ではないわけで。

9. 出所した頃には刑務所時代の借金+学資ローンの借金がますます増えててまたホームレス生活

→そもそもホームレスで刑務所行きってのがネタっぽいので、出てからの話を検証するのは無意味。

10. 3回刑務所に入ると「スリーストライク法」で自動的に終身刑。一生刑務所の中で低賃金重労働。まさに奴隷人生。

→だけどね、この最後の締めも変なわけよ。そもそものThree Strike Lawは重罪(Felony)を継続的に繰り返す人達に対する圧力なわけで。ホームレスはFelonyじゃないよね?

奴隷制度は存在する。ただしこの人の言うような形ではないし、アメリカだけの話でもない

ということで、激しくネタに釣られてしまった気もするが真面目に書いておこう。

現代版奴隷制度は存在する。

ここでいう奴隷制度の定義は搾取する側・される側が明確に分かれており、

  • 搾取する側はノーリスクで搾取し続けることができる
  • 搾取される側はどう頑張っても搾取され続ける

という状態。そしてそこには必ずしも強制労働が存在するわけでもない。むしろ搾取される側は、決して実現されることのない「偽りの希望(false hope)」を抱きながら、時には嬉々とした状態で【搾取されることを選ぶ】のである。例えば...

  • 学資ローン。今の大学教授や職員の給与や年金を保証するために、学生に長期債務を抱え込ませる。学生には学歴による生涯賃金向上という夢を与える。
  • 住宅ローン。今の建設業界や金融業界の給与や年金を保証するために、購入者に長期債務を抱え込ませる。購入者には長期的住宅価格上昇という夢を与える。

もうテンプレートは見えてきた。「今この時点での雇用と福利厚生を保証するために、将来の層に債務を押し付ける。押し付けられる側にはささやかな夢を抱かせる。」のが現代版奴隷制度の特徴である。こうして考えると、別にこれは米国独自の問題ではなく、ケインズ財政出動を乱用している国々では共通した話ではなかろうか。