CycleOpsの人が分析したランディスのステージ17

CycleOpsの人がLandisのStage 17の走りを分析した記事を発見。例によって無断かつ適当な翻訳。とても長いので、別途まとめ記事を投稿します。

CycleOpsってのは自転車の後輪ハブにおける出力ワット数を測定する機器PowerTapを販売している会社。同様な機器は他にSRMとかも販売している。PhonakはCycleOpsの提供を受けていた。この記事は、そのPhonak専属のCycleOpsの人が書いた、とても興味深い内容である。

水分。それだけ。
by Dr. Allen Lim

フロイドのステージ17における走りについてちょっと書いてみる。この日の彼はよく「超人的」などと表現され、その奇跡的な走りは悲しいことにテストステロン検出結果と関連付けられてしまっている。

だけど、この日のフロイドのデータを分析すると、フロイドの走りは肉体的にも精神的にも彼の限度内に収まっていたことがわかる。この日フロイドが順位を挙げることができた要因は、彼のレース戦術にあるのだ。それは集団がフロイドを追走しなかったことと、フロイドが水分を賢く使っていたことにある。

データによれば、フロイドの5時間23分間の平均出力は281ワット。TdF前のトレーニングや、Tour of Georgia前においても、フロイドは6時間のトレーニング中平均300-310ワットの出力を記録している。参考までに書いておくと、2006年のTdF山岳ステージでの平均出力は269±16ワット。2005年TdF山岳では274±20ワット平均だった。つまり、フロイドのステージ17での走りはTdFにおける想定範囲内であり、彼のトレーニング限度よりは低い数値だったことになる。

重要な点は、ステージ17におけるフロイドの出力パターンが彼のトレーニング中のパターンと酷似していることである。すなわち、トレーニングと同様に一定の出力で走り続けた、ということである。対照的に、集団中で走る場合の出力パターンはより変化が激しくなる。ある出力で走る場合、一定のペースを維持するほうが、そうでない場合よりもはるかに楽である。フロイドは序盤から単独で逃げたことで、終始スムーズなペースで走るという優位性を得たわけだ。

この日の5つの登りにおける、フロイドの出力データが手元にある。これをもとに、その前日失った時間を取り戻すためにはどれくらいの出力が必要だったかを推定してみよう。出力データの時間軸を実際の走りと正確に一致させるためには、より詳細なビデオの分析が必要だが、ステージ16で彼が集団と一緒に山岳を登っていたときの平均出力は370から400ワットの間であることはわかっている。ステージ16開始前、私達は以下のような予想をしていた。フロイドが山岳で390から400ワットを維持できれば、彼は集団を引き離すことになる。380ワットで集団との時間差は変化なし。実際、この日彼がToussuireで集団から落ちるまでは、フロイドは380ワットを維持していた。そして370ワットでは、フロイドは集団との時間差を失うだろうと予想していた。ステージ16のビデオとフロイドの出力データとを比較すると、上記推定は正しかったと言えるようだ。では、ステージ17でのフロイドの出力を見てみよう。

  • Col des Saises: 395ワットで36分55秒 (集団に差をつける)
  • Col des Aravis: 371ワットで16分49秒 (集団との差を失なう)
  • Col de la Colombiere: 392ワットで27分45秒 (集団に差をつける)
  • Cote de Chatillon: 374ワットで11分7秒 (集団との差を失なう)
  • Col de Joux Plane: 372ワットで37分34秒 (集団との差を失なう)

データ分析からわかるとても興味深い事実は、フロイドは登りで時間を稼いだのではなく、下りで稼いだ、ということだ。フロイドはプロ選手の中でも屈指のダウンヒラーとして有名であるし、それをステージ17で実証したことになる。

出力データに加えて、以下の二点がフロイドを勝利に導いた真の理由だと私は考えている。

一つ目は、集団がフロイドの逃げを真剣にとらえず、追走開始が遅くなってしまったこと。もし集団が二つ目の登りで追走していれば、フロイドは捕まっていたはずだ。でも実際には各チームとも互いに様子を見ていただけだ。集団は、フロイドが馬鹿逃げしているとしか思ってなかったのだろう。集団はフロイドが逃げ切るとは考えてなかった。でも、フロイドは逃げ切れると信じていた。フロイドは維持できる出力を知っていたし、レースの間ずっとパワーメーターだけを見ていた。フロイドは登りで維持できるペースを知っていたし、乗車ポジションを変える都度出力が落ちることも把握することができたし、日頃のトレーニングや前日ステージから、ゴールまでの間維持できる限界を理解していたのだ。つまり、フロイドは集団との時間差を気にせず、単に自分のペースを維持していただけなんだ。そして集団はフロイドを追わなかった。

パワーメーターの出力を読みとることで、フロイドはもうひとつ非常に重要なことに気づいた。すなわち、冷い水を頭からかぶる度に、フロイドの出力は上昇していた、という事実。ステージ17の朝、私達はフロイドに、体温を冷やし、充分水分を取るように助言した。実際、朝の時点でのフロイドの体重はベストよりも低く、まだ脱水気味だった。そこで私はフロイドに対し、とにかく水分を補給するように強く警告した。ステージ16での失速は栄養不足ではなく、脱水症状がもたらしたものだったからだ。もう一つ、フロイドと私達が話しあったことは、体温発散の重要性だ。TdFで最も暑い期間、フロイドは一日おきに靴を交換している。自分にかける水で、靴がグチャグチャになるから。水分を飲むにしても、頭からかぶるにしても、汗なり水分なりが蒸発することで、身体は出力を維持するわけだ。体温発散が、出力ワット数の決定的な要素になる。血液は体温を下げるのにも、酸素を運ぶのにも使われる。体温が低いほど、酸素運搬に使える血液が増えるから、出力も向上する。このことを念頭に置いて、フロイドはなんと70本もの水筒を消費した。うち15本はスポーツドリンクで、残りの氷水は頭からかぶった。

一方の集団では、前日の水筒消費量から推定すると、一人あたりの選手が受けとった水筒はおそらく10本から15本というところであろう。すなわち、集団が追走を始める頃にはほとんどの選手が脱水症状か熱中症になりかかっていたと考えられる。この日の路上温度は華氏100度(訳注 摂氏37度ちょい)に達しており、Dave ZabriskieやChristian VandeVeldeなどステージ終盤で激しく追走した選手の話では、この暑さがフロイドを逃がした大きな要因ということであった。単独で走っていたフロイドは、すぐ後ろにチームの車がついていつでも水筒を受けとることができた。つまり、一人だけ華氏70度(訳注 摂氏21度)の世界にいたようなものだ。どんなドーピングでも説明できないくらいの優位性をフロイドは得たことになる。ステージ17におけるフロイドの驚異的な走りの決め手はテストステロンではなく、水分。それだけ。あまりにも効果的だったので、ステージ17終了後のホテルで、フロイドはこの日の作戦について他人に話さないように私に頼んだくらいだ。

以上が自分の考えである。
Allen