会計基準の歪が生んだオーストラリア不動産バブル

「景気が良い」と言われる状態は二つある。一つは新しい技術革新やサービスで生産性が向上して実質的に成長が期待される場合。もう一つは、なんらかの原因で市場参加者が容易な融資を受けられる場合。後者はやがてどこかで限界に達し、急激な停止・逆転を見せることになる。いわゆる「バブル崩壊」と呼ばれる状態である。

そのバブルがオーストラリアでまさにはじけようとしているのではないか、という記事を見つけたので紹介しておく。

Macro Business(2010年11月16日): Deep T – The Capital Rort

→「資本の不正利用」という表題。穏やかではない。

この記事では、オーストラリアの金融機関(Australian Deposit taking Institution (“ADI”))に適用されている会計基準こそが、オーストラリア不動産市場でのバブルを生む要因になっている、という事実が指摘されている。ADIが使用する会計基準は二種類あって

  • APRA(Australian Prudential Regulation Authority:安全投資委員会)が定めるAPS 112(PDF)
  • Advanced Basel II

この前者が特に問題になってるよ、ということ。

APS 112がバブルの原因

APS 112は時価会計基準を定める規約でしかない。何が問題なのか? 元記事はAPS 112が定める住宅ローンのリスク評価基準(PDF 20ページにあるTable 4)およびその適用手段(同 段落 6)が問題だと指摘している。

例えばLVR(Loan to Value Ratio) 95%である$100の標準住宅ローン・ローン保険なしは、額面の75%で評価しろ、ということになっている。この8%が金融機関の資本として評価されるので、同ローンは100x0.75x0.08=$6の資本となる。これ自体は「そういうルールにしましょう」ということなので問題があるようには見えない。

だが、その運用方法(段落 6)に落とし穴がある。

A standard eligible mortgage is defined as a residential mortgage where the ADI has:

  • (a) prior to loan approval and as part of the loan origination and approval process, documented, assessed and verified the ability of the borrowers to meet their repayment obligation;
  • (b) valued any residential property offered as security; and
  • (c) established that any property offered as security for the loan is readily marketable.

The ADI must also revalue any property offered as security for such loans when it becomes aware of a material change in the market value of property in an area or region.

強調を入れた段落は、「ローンが対象とする資産の価格が変化したら、ちゃんと資本組み入れ分も見直しましょうね」ということ。本来の糸は、資産価格が下落した際に積み増ししろよ、ということだったのだろうけど、対象資産価格が上昇をしていくとどうなるか? 先程の$100ローンでみてみよう。

  • 資産価格が上昇し、LVRが80〜90%に下落すると、同ローンは$100x0.50x0.08=$4の資本となる。
  • さらに資産価格が上昇し、LVRが80%を切ると、$100x0.35x0.08=$2.8の資本に。

ということは、このローンという資本に対する20%リターンを実現するのに必要なキャッシュフロー

  • LVR 95%だった状態では、$6x0.20=$1.2
  • LVR 80-90%で$4x0.20=$0.8
  • LVR 80未満で、$2.8x0.20=$0.56

と、減少していく。同じ$1.2のキャッシュフローが続くとすると、そのローンの資本に対するパフォーマンスは20%から43%に増える。実に利益率倍増だ。

  • LVR 95%が79%になるのに必要な不動産価格の上昇は、20%ちょっと。
  • そのローンに対する金融機関の利益率は倍増。

この倍増した(と評価される)余力を使えば、さらに住宅ローン貸付ができる。こうしてさらに貸し付た物件の価格が上昇すれば、またまた(以下、ループ)これぞバブルの王道ともいえるパターンでしょ。そしてここ数年のオーストラリアの不動産価格上昇は20%なんてもんじゃないのである。

現実はモーゲージ保険の存在やら、Bessel IIが許す「内部モデル」の適用などがあるので話はこんなに単純ではないけど、同記事が紹介するCommonwealth Bank of Australiaの2010年春決算内容(PDF)は、中々興味深い。

$326,384MのCredit Exposureに対する資本が$56,753M。その差、2690億ドル。*1 簡単にいえば、担保不足・過剰貸付

As all 4 major banks have the same issue to varying degrees, this is a huge systemic risk.

この問題はオーストラリアの四大銀行全てに共通しているようである。

Macro Business(2011年2月10日): Big profits, huge risk

担保不足での過剰貸付も、貸し付ける元手がなければ永久には続かない。そのお金はどこから来ているのか? この記事は「海外投資家」の存在を指摘している。

  • オーストラリアの銀行は、一年定期預金で6.1%
  • オーストラリアドル(A$)の上昇。海外投資家が外貨預金する場合、まずA$を買う必要がある。
  • オーストラリアの銀行預金は保護されている。

安全・高金利な投資先なんてそう滅多にないから、オーストラリアの銀行にはますますお金が集まってくる。だけど昔から格言があるよね。「うまい話にご用心」。この構造は健全なのだろうか?

同記事はオーストラリア準備銀行(RBA)の2010年9月記事を抜粋している。

Some banks, including the four largest, use an alternative Internal Ratings-based approach whereby risk weights are derived from their own estimates of each exposure’s probability of default and loss given default.

→四大銀行を含むいくつかの銀行は、独自モデルに基づくクレジットリスク算出をしている。その結果、貸出額に対するリスクウェイトは「たったの」26.1%に。冒頭の記事で引用した表では、最低でも35%のはずなのに。整理すると

  • RBAが見ているオーストラリア金融機関の住宅ローンクレジットエクスポージャーは1兆1570億ドル
  • そのリスク荷重資産は3020億ドル。
  • 積んでる資産は240億ドル。→クレジットエクスポージャーの2%ちょい。

なんかお寒い数字だけど、ちょっと安心出来るのはこれら1兆1570億ドルの住宅ローンの半分が、モーゲージ保険で守られていること。よかったね。では、モーゲージ保険はどれくらいの資本をもっているのだろうか。

オーストラリアにはGenworthとQBE LMIという二つのモーゲージ保険がある。それらの抱える資本は何と! 60億ドル程度と見積もられている。つまり金融機関と合わせて300億ドル程度の資本で、1兆1570億ドルのエクスポージャーを支えている、ということになる。レバレッジ38.5倍。これは健全とは言えないだろう。

この先どうなるの?

さてさて、今後どうなるのやら...APS 112を再度引用すると:

The ADI must also revalue any property offered as security for such loans when it becomes aware of a material change in the market value of property in an area or region.

資産価格下落時にも、金融機関はやはりバランスシートを見直す必要があるのである。担保を売っても足らなければ他の流動性の高い資産を売るしかない。株? 金? 債券? それとも増資?

*1:豪ドル単位だけど最近米ドルとほとんど変わらんので計算が楽だな